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アフガニスタンの強力な現象:テレビ

2007年7月31日カブール(International Herald Tribune)

7年前、まったく違うアフガニスタンのまったく違う時代に、Daoud Sediqiという一人の医学生がキャンパスから自転車に乗って走っていたところ、タリバンの鞭を振り回す宗教警察に停止させられた。若者は直ちに後悔が雪崩のように沸き起こるのを感じた。というのも、彼は少なくとも二つの法律違反を犯していたからである。

一つの明らかな違反は、髪の長さであった。支配していたタリバンは顎鬚を切らずに蓄えるよう主張していた一方で、だらしなさには反対しており、この医学生は頭髪がもじゃもじゃになっていた。もうひとつの違反はもっと深刻なものだった。彼を捕まえた連中が持ち物を検査すれば、成人映画のCDを発見するところであった。

「幸い彼らは検査しなかった。」と彼は当時を振り返った。「私に対する罰は、長髪だったので頭を剃られることだけだった。」

現在彼は26歳で、この国でもっともよく知られた人物であり、新しい名声の泉から湧き出た人物、軍閥の首領やイスラム指導者ではなくテレビの名士であり、アフガニスタン版の「アメリカのアイドル」である「アフガニスタンのスター」のホストである。

2001年後半のタリバン崩壊以来、アフガニスタンは気まぐれに発展を遂げてきている。人々をいまだにギョッとさせる変わらない環境は、続いている戦争、不適当な指導者、腐敗した警察、そして悲惨な生活条件である。

しかし、テレビは驚異的なスタートをしている。それがいいか悪いかは別として、アフガニスタン人はいまや世界中を魅了したのとほとんど同じような現実逃避のテレビの番組に夢中になっている。我慢できないほど陰険な人物を有り得ないような有徳な人物にぶつけるソープオペラ、ほとんどの人が絶対に食べることのない食事を、彼らの手に届かない高価な台所で用意するシェフ、恥知らずで自分たちのトラブルを秘密にしておけない人たちを口車に乗せてその秘密を聞き出すトークショーのホスト達、である。

2005年の最新の全国調査では、アフガニスタンの家庭の19%がテレビを所有している。これは、タリバン政権下ではテレビの所有が犯罪であっただけではなく、人口の14%にしか電気が届いていないことを考えると、驚くべき合計である。

もっと最近のアフガニスタンの最も都市化が進んだ5つの州における調査では、全人口の3分の2が毎日、もしくはほぼ毎日テレビを見ると回答している。

「おそらくアフガニスタンは他の場所と大して違わないのだろう。人々は他にすることがないのでテレビを見る。」と社会分析家で新聞の編集者でもあるMuhammed Qaseem Akhgarは語った。読書は間違いなく選択対象として低い。読み書きができるのは人口の28%にすぎない。「他にどこに娯楽があるというのか。」とAkhgarは問いかけた。

毎晩7時30分にカブールの人々は、祈りへの呼びかけに答えるのと同じように、プライムタイムの誘いに従うのである。「見てのとおり、テレビには真実がある。世界のどこでも、姑は喧嘩を引き起こすものだ。」とPul-e-Kheshtiモスクの傍の荒れ果てたレストランに座り、ダリ語に吹き替えられたインドのソープオペラにくぎ付けになったMuhammad Faridという男性が言った。

女性は慣習によって外に出ることが制約されており、ほとんどの場合、お気に入りのショーを自宅で見ている。一方男性は自由にテレビを共同の儀式にしている。どこの軽食堂でも、湯気の上がるライスの山に器用に指をひたし、カーペットが敷かれた床に足を組んで座った客が、天井近くに留められたテレビに目をくぎ付けにしている。形而上の重大問題が薄暗い明りの中でさまよう。Prernaは、結局彼女の子供の父親ではなかったBajaj氏と幸せになれるのか。

「これらは人生について教えてくれる問題なのである。」と昼間は手押し車で生鮮野菜を売り、夜は焼きなおしのメロドラマを見るSayed Aghaは言った。

何を見るかは滅多に争われない。7時30分にはチャンネルは、女主人公の名前でみんなに知られるソープオペラ、Tolo TVの「Prerna」に合わせられる。その後チャンネルは「バグダッドの盗賊」に切り替えられる。それから再びToloに戻って、「Tulsi」で繰り広げられる家庭内のそして婚姻外の戦いを見る。「Tulsi」は番組名が「義理の母が、かつては義理の娘だったから」を意味するショーのニックネームである。

カブールにはテレビ局が、政府が経営する弱体局を含めて、8局ある。「大事な時間帯は午後6時から9時までである。というのは、人々がその時間に発電機を動かして発電するからである。」と国内のほとんどで市場を支配するToloの経営者Saad Mohseniは語った。「人々はソープオペラを愛する。」

「我々はちょうどアメリカのショー「24」の権利を購入したところだ。」と彼は付け加えた。「若干の懸念はあった。悪者のほとんどがイスラム教徒なのだが、フォーカスグループをやってみたところ、悪人がアフガニスタン人でない限りほとんどの人はそのことを気にしなかった。」

元インベストメントバンカーのMohseniと3人の兄弟は2004年に、米国国際開発庁の補助金による支援を得てTolo TVを始めた。Toloはダリ語で「夜明け」を意味する。

成人してからの人生のほとんどをオーストラリアで亡命者として過ごした後、Mohsenis兄弟はタリバン後のカブールに投資機会を求めて帰国し、有史以前に近いと言っていいテレビ産業の荒れ地が入植を待っているのを発見した。人々は中古のカラーテレビを75ドルで買うことができた。しかし、彼らは何を見たかったのか。アフガニスタン人は何十年ものあいだ自分の好みというものをもつことを許されていなかった。Milton Berleから始まりJohnny CarsonそしてBart Simpsonにいたるまで、すべてをパスしてしまった。だから、すべてが真新しいということになる。

「我々は自分たちの好みに任せることにした。」とMohseniは語った。

ほとんどの場合、それはToloがテレビの広大な国際的未開拓地からあらゆる陳腐な番組を収穫してきたことを意味する。実録犯罪ショーはアフガニスタン人に自国の男色者や連続殺人犯についてのセンセーショナリズムを紹介した。現実ショーは、普通の人を道路から拾い上げてきて、めかしこんだ衣装で変身させる。クイズショーは知識が豊富な人に褒美を与える。アフガニスタンは昨年何ポンドのマッシュルームを輸出したか。正しく答えた参加者は1ガロンの食用油を得る。

災害や警官の追跡を扱ったもののような外国のショーは、一般的なのでToloは翻訳なしでそれらを放送することができる。その他の番組はほんの少しの手直しで済む。

Sediqiは「アフガニスタンのスター」のホストとして3回目のシーズンを始める。彼は「アメリカのアイドル」を一度も見たことがないし、そのホストRyan Seacrestの名を聞いたこともない。それでも、かれは競技に参加する歌手を上手に紹介し、うまく視聴者に携帯電話で投票させるよう説得する。「非常に楽しいと言わなければならない。」とSediqiはわずかな英語を使って語った。

彼はToloの何人かの若いスターの一人であり、彼らの格好よさは平均的なアフガニスタン人にはほとんど宇宙人のものに見えるほど異国風である。

歌の競争よりソープオペラを好む年配の男性たちはSediqiに鞭打ちの刑を与えたいと思うに違いない。「田舎やモスクにいる人々はこのショーが社会を破滅させていると言っている。」とSediqiは認めた。

音楽ビデオが、主としてインドからの輸入であるが、定期的に放送されている。アフガニスタンの伝統に従って、女性ダンサーの裸の腕と胴体にはボカシが施されている。しかし、スポーツイベントはそれほどエロチックではないとみなされている。ウィンブルドンで試合をしたマリア シャラポワの腕は隠されないままだった。

しかし、Toloに対する最大の苦情は、政府のメンバーを含む政治家からのものである。Toloのニュース報道は専門性が高まってはいるものの、政府に対してお世辞抜きであり不遜でさえあることがよくある。国会議員が議場で居眠りをしている姿や、議論が過熱して水のボトルを投げているところが放送される。ある議員は鼻くそをほじくって、やましそうに指を拭いているところを撮影された。

4月に、Abdul Jabar Sabet検事総長が自分の発言が文脈からはずれて引用されたと考え、Toloの本部に警官を送ってニュースのスタッフを逮捕した。その後のあいにくな出来事はカブールの国連ミッションが仲裁しなければならなかった。

「民主主義と共にテレビがやって来る。」とToloの社長Saad Mohseniは語った。「ある人たちにとっては、それに慣れるのは難しい。」