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アフガニスタンの帰還難民が生命を与えるプロジェクトで生計をたてる

2007年7月9日Bagrami(UNHCR)

「人に魚を与えれば、彼は1日の食料を得る。彼に釣りを教えれば、彼は一生の食料を得る。」ということわざを作り出したのがだれかは知らないが、その人はアフガニスタン東部でそのコンセプトを再訪すべきである。そこでは、国連の難民機関が帰還難民のコミュニティで魚を孵化させるプロジェクトを開始している。

パキスタンとアフガニスタンの国境に近い、ナンガハール州のBagramiは300家族が密集して住む村である。その3分の2はパキスタンから帰還した元難民である。カブール川の近くに位置し、この地域では長いこと地元で消費する魚の生産地であった。2005年と2006年に、UNHCRはこのコミュニティの生計を助けるために養魚場の開設を支援した。しかし、稚魚として知られる孵化したての魚の不足に直面した。

「我々はいつも稚魚をパキスタンから輸入してきたが、値段が高く質もあまりよくない。」とこのプロジェクトに関してUNHCRのパートナーとなっている国家相談救済協会(NCRA)の理事Sayed Ghufranは語った。「パキスタンからはるばる輸送するのも大変で、途中で死んだり傷ついたりすることがよくある。」

この問題を解決し仕事を作り出すために、UNHCRは昨年Bagramiで稚魚を生産するプロジェクトを始めた。UNHCRは産卵と孵化のための池を備えた2階建ての建物を建設し、300人の無力な男女、それには帰還難民が含まれる、に魚を孵化させるための訓練をしている。一匹のメスの魚を二匹のオスの魚と同じ屋内の池に入れ、自然環境に似た流水の中で産卵を促進するために三匹とも注射をされる。そして卵は受精すると別の水槽に孵化のために移される。一週間で稚魚は養育池に移され、そこで数週間過ごして養魚場に販売するのに適したサイズに育つ。全工程は一か月から二か月かかる。

「ここはこの種のものとしてはアフガニスタンで初めてのものである。」とGhufranは誇らしげに語った。「この技術はひじょうにハイテクである。人々はこの話を聞き、自分の池を掘り出して、稚魚を待っている。」

近所の養魚場で働くMohammed Akramによれば、新しい養魚場がこの地域ですでに10ヶ所作られた。彼は現在自分の池で6千匹の魚を飼っており、その半分を1キロ当たり100アフガニ(2ドル)で売ろうと計画している。「収入をどのように分配するかはコミュニティが決めるが、養魚場に再投資するつもりである。」と彼は語った。「我々全員がこれで生活していけるとは思わないが、少なくとも助けになる。」

この魚プロジェクトの可能性に限界があることを認識して、UNHCRは帰還難民が母国に落ち着くのを支援するために、孵化させる他の魚を見つけた。

ナンガハール州の他の場所では、政府が帰還難民のために用意した町Sheikh Mesriに住む無力な帰還難民20家族が、乳牛を育て家畜飼料を作るプロジェクトに参加している。昨年の暮れに各家族は妊娠中の牛が与えられ、出産とその後の世話の仕方を教えられた。1年以上たったら、彼らは子牛を別の家族に渡すことになっていて、このようにして拡大を続ける乳牛銀行が始まる。

対象となる家族のほとんどは未亡人か夫に障害がある女性によって率いられている。彼らは声を上げることもできずほとんど支援を受ける手立てもない人々である。この乳牛プロジェクトについて話をしようとこれらの女性に近づくと、多くは家の中に走って入る。壁のところにうずくまり、見知らぬ男性の視線から身を隠そうとする。

Manu Gulはこの乳牛育成プロジェクトの恩恵を受けている何人かの男性の一人である。自家製のlassi(ヨーグルトドリンク)を満足そうに飲みながら、この老人はこう語った。「乳牛から1日に約10キログラムのミルクがとれる。それを売る時もあるし、ヨーグルトを作って近所にあげる時もある。ミルクのおかげで、子供たちは丈夫になった。」

彼の家族は10人で、他の2家族と同じ敷地に住んでいる。「子どもたちは全員乳牛の世話で忙しい。」とManu Gulは語った。「彼らは牛を外に連れて行き、餌をやる。生計のためだけでなく、彼らには楽しみでもあるのだ。」

このプロジェクトを支援するために、UNHCRは半分乾燥して限られた牧草地しかないSheikh Mesriに家畜飼料を作る特別の施設を建設した。帰還難民5人が飼料を粉砕混合する訓練を受け、その飼料は最初の1か月乳牛の所有者に無料で配られ、その後は補助金で安く抑えられた価格で販売される。

しかし、Manu Gulはすぐに、このプロジェクトが現金を生む牛ではないことを自認した。収入を補うために、彼の息子3人が約18キロメートル離れたジャララバード市で運転手や半端な仕事をして働いている。

Sheikh Mesriで一般的な不満は、人里離れていて仕事の機会がないということである。体の丈夫な男性は日雇いの仕事にジャララバード市まで通うが、交通費だけで給料の半分以上かかることも多い。6月末に難民帰還民問題省とUNHCRが広範な議論を行い、国営バス会社がこの町とジャララバード市の間で毎日シャトル便を開始した。片道50アフガニの正規のタクシー料金の代わりに、Sheikh Mesriの住民は片道15から20アフガニの補助金で安く抑えられた料金をこのミニバスサービスに支払っている。需要があればこの路線にもっと多くのバスを追加する可能性がある。

ナンガハールはアフガニスタンで帰還民の州として最も大きな州のひとつであり、2002年からUNHCRによってこの地域から帰還を支援された4百万人のアフガニスタン人のうち68万人がこの州にいる。彼らの多くはパキスタンから帰還したが、ナンガハール出身のアフガニスタン人45万人以上が今日もパキスタンに滞在している。その多くは治安問題と、住居、土地、職がないことを帰還しない理由に挙げている。