English | 日本語

アフガニスタン:考古学者にとっての宝の山

2009年2月26日(Time Magazine):Roland Besenvalは手品師である。多少の言葉と手を広げるジェスチャーで、このフランス人考古学者は手品を使って壮大な都市を、アフガニスタンの北の果ての吹きさらしの平原にある数千年を経た廃墟から、取り出して見せる。風雨に浸食された泥のレンガでできた不格好な塚の方向に指を突き刺して、彼は北方からの野蛮な侵略者を撃退するために作られた、どっしりとした狭間胸壁を描写する。バルフとして知られていたその都市は、それらを必要としていたであろう。マルコ・ポーロがこの廃墟を訪れた時よりも千年以上も前に、バルフはその莫大な富と進んだ文化によって、古代世界中で有名であった。そこは世界で最初の一神教のひとつが生まれた場所であり、アレキサンダー大王が二人目の妻ロクサンヌを娶った都市であった。Besenvalはアフガニスタンに派遣されたフランスの考古学代表団を率いているが、彼が歩くことで最近使われた何発もの銃弾が転がるのに気付かない様子で、戦争の傷跡が残る風景に重ねて、ゾロアスター教の火の祭壇や、仏教徒の僧院、キリスト教の聖堂、そしてイスラムのモスクについて色彩豊かな描写をおこなう。「初期のイスラム、11世紀くらい」と言って無頓着に片づけてしまう、散らばっている青や緑の上薬がかけられた陶器の破片の上を歩きながら、「ここで、あなたたちは3千年の命の上に立っているのです。」と彼は語る。

アフガニスタンでは、文字通り歴史が足の下でザクザクと砕ける。この国がアジアの主要な交易路の交差する位置にあったことにより、商人、職人、遊牧民そして征服者たちが引き寄せられてきた。バルフの廃墟は数百の他の古代都市や宗教上の場所の廃墟と同じく、数世紀に及ぶ豊かな遺産と文化について物語る。これらの商業中心地で発掘された工芸品はアフガニスタンの歴史だけでなく西洋の歴史についても光を投げかける。紀元前328年にアレキサンダーによって建てられたAi Khanoumは、パルテノンでも場違いには見えないであろう円柱の面影をいまでも漂わせている。バーミヤンは広大な仏教文明の中心地であり、そこでは職人たちが偶像にギリシャ風の衣服を着せた。そのために、ギリシャのスタイルが地元の芸術に影響を与えたのと同じく、仏教哲学がギリシャの思想に影響を与えたのであろうかと学者たちは思うことになった。世界で現存する最も古いものと考えられている9世紀のレンガのモスクであるMasjid-i-No Gumbadの周りの土地を発掘すれば、イスラムが中央アジアに広まったことについての多くの謎が解明できるかもしれない。1978年にロシアの考古学者が、2世紀の遊牧民の大規模な墓地から膨大な黄金の飾り物の山を掘り出した。この発見には折り畳み式の王冠、黄金の短剣、そして宝石で飾られた数千個のボタンも含まれていたが、アフガニスタンにいるUNESCOの文化専門家のBrendan Cassarは「これはアフガニスタンを通る交易ルートの豊かさを物語るものです。」と言う。「もし遊牧民がこのような豊かさを有していたのであるならば、アフガニスタンを通っていた交易の富については想像するしかありません。」

20世紀半ばに盛んに行われたアフガニスタンにおける考古学調査によって、想像もできない価値のある宝が掘り出された。象牙の彫刻、ギリシャの像、そして仏教徒の像などであり、世界はそれらに魅惑された。

タリバンがバーミヤンの1,500年の歴史を持つ大仏像を爆破してから7年後に、フランスとアフガニスタンの合同チームが第三の大仏を、他の二体が彫られていた崖のふもとに埋もれていたのを発見した。昨年の冬には日本の専門家が、近くの洞窟で世界に知られているもっとも古い油絵を発見し、油絵の起源に関する一般の理解を覆した。フランスの壁画専門家であるEmilie Chicrounはそれを「小さな革命」と呼んでいる。油と顔料を混ぜるというのは9世紀にはじまるヨーロッパが発明したものと長い間考えられてきた。バーミヤンの油絵はそれより数百年前にさかのぼる。「これで、絵画の歴史について知っていると考えてきたことすべてを、改めて考え直さなければならないでしょう。」とChicrounは言う。

歴史をもっとよく理解できる可能性があるというのは、アフガニスタンの考古学的遺産を助ける理由として十分であるとCassarは言う。しかし、それよりももっと深い意味がある。過去を保存することによって、アフガニスタンは未来を守ることにも関与するのである。「これらの工芸品の最大の貢献は、それらがアフガニスタンの物語の異なった面を見せてくれることにあります。」とCassarは言う。「それらは、いつの日にかアフガニスタンがテロではなく、文化的な歴史と芸術の素晴らしい作品によって、世界に知られることができるという希望の象徴なのです。」

(元の記事は以下のアドレスで読むことができる。http:/www.time.com/time/magazine/article/0,9171,1881896,00.html?xid=rss-topstories