ロヤ・ジルガ(国民大会議)

 ロヤ・ジルガは、国家にとって重要であるとみなされる主要な事柄、問題、変革を扱うために召集される、名士、部族長、宗教指導者たちによる国民議会である。そもそも 1747 年、アフマド・シャー・ドゥッラーニーによって集められ、近代アフガニスタンの建設を支えるために、すべての民族集団のメンバーが招集された由緒正しい伝統であった。部族構造において長老、部族長、一族、氏族、集団、家長による議会のことを指すパシュトゥン人の制度であったジルガを基にしており、事実上アフガニスタン独自の合意形成機構である。

 アミール・アブドゥル・ラフマン・ハーンの治世下 (1880 ~1901 年) においては、ロヤ・ジルガは、特定のサルダール( 皇族) 、有力なハーン( 地方エリート) 、宗教指導者によって構成されていた。この慣行は1978 年の共産主義政変まで続いていた。

 タリバンが権力の座から駆逐された後、 2002 年6 月、新しい移行政権は国中からカブールに集結したおよそ1,500 人の代表から成るロヤ・ジルガによって選ばれた。アフガニスタンの362 の地区はそれぞれ少なくとも一つの議席を与えられ、さらに22,000 人毎に席が一つ割り当てられた。また、160 の議席が女性に対して与えられた。テロ活動への関与が断定されるか、または罪を犯した疑いがあるとされる人々を除いて排除されたグループは一つとしてなかった。2004 年1 月、第2 回目のロヤ・ジルガは新しく起草されたアフガニスタン憲法を採択した。タリバンと考えの一部を共にするグループは参加したが、タリバンからの代表者が含まれることはなかった。