ジャムのミナレット


ジャムのミナレットは、ゴール州の人里はなれた谷に立つアフガニスタンの数ある有名な記念碑の一つである。尖塔は不毛の山々に囲まれ、激しく流れるハリルド川の側にぽつんと建っている。その周辺の道は険しく、ジープやスポーツタイプの車でなければ進み越えることができない所である。シャラック村を後にし、川に向かう左側の道を走ると、ぽつんと建っているミナレットが見える。長い間その存在が噂されていたが、ほんの数十年前の1957年にアフガニスタン人の考古学者Ahmed Ali Kohzad氏とフランス人の考古学者Andre Maricu氏率いる探検隊により遂に発見された。12世紀のゴール朝時代に立てられた唯一保存状態の良い、高さ65メートルの記念碑であり、この高さはイスラム世界で、インドのデリーにある73mのクトウブミナールに次ぐものとされている。クトウブミナールはミナレットの影響により建てられたとされる尖塔である。

尖塔は、直径約8mの低い八角形の土台に、全体が3段階に分かれている円筒により構成されており、また、土台から天井まで続く二重の螺旋階段がある。第1段目は幾何学模様の煉瓦により装飾されており、縦に化粧漆喰により描かれたクーフィー書体により個々の画板が並べられ、青緑色のセラミックによりアクセントがつけられている。

その上には幅広の青いタイルが帯状にならび、上部にはさらにたくさんのクーフィー書体が見られる。青いタイルの上部にナスヒー書体でそれらを書いた書道家の名前‘Ali’が刻まれている。そのほかに聖コーラン19章「マルヤム(マリア)章」。処女生誕全文、アダム、ノア、モーゼ、アーロン、アブラハム、イサク、ヤコブ、イシュマエル、エノク、などの預言者たちについての話も刻まれている。

第2、第3段目にも煉瓦が並び、彫刻は横並びに刻まれている。現在は存在しないが、もともと各段の境にはバルコニーがあり、各段階を分ける役割をしていた。また、円柱に沿ってバルコニーがいくつかあり、頂塔には天窓があったがそれも崩壊してしまった。ペルシアと中央アジアの伝統がこの潤沢で豪華な装飾に見ることができる。光沢のあるタイル状の壁、化粧漆喰、数えきれぬほどの彫刻が施された煉瓦、構造に木の陸梁(ろくばり)を使用しているところはインドで見られる現代ゴール朝の記念碑とは異なる点である。

碑文からジャムのミナレットはゴール王朝の支配者、Sultan Ghiyas ud Din Muhammad ben Sam Ghuri(1163-1203)によって建立されたことがわかる。1194年辺りに建てられたと考えられ、1222年ジンギスカーンにより崩壊し、未だに発見されていないゴール朝の伝説の都市Firuzkuh(トルコ石の山の意)としばしば関連付けられている。しかしこれらはすべて予測で、確固たる証拠はまだ見つかっていないが、何らかのつながりがあったのは確かである。

ミナレットの美しさは外見だけでなく、ゴール王朝とイスラム文化、建築学の歴史を知る上で大変貴重なものでもある。その点に関してはたくさんのなぞが隠されている。歴史学者、建築学者たちは 何年もの間、このミナレット建立理由を捜し求めている。Herberg とDavaryによるこの周辺の地形学的研究で、ミナレットの周辺は要塞の残骸(丘の上の小規模の塞)が側面になっている谷、3つの見張り塔、要塞のさらに上方にある丘の貯水池、そして市場跡だということがわかった。このような残されたものから考えると首都というよりも中規模の塞、または軍の駐屯地のようにうかがわれる。これとは別にミナレットのすぐ東側あたりはイスラム礼拝堂(モスク)を設けるような十分な広さはない。この場所から谷間を流れる川を渡れるような所はなく、ここを経てのヘラートとカブールとの行き来はなかったであろう。一つの学説として、ミナレットは、忘れさられてしまった、ある出来事の記念碑として建てられたのではないかと言われているが、未だジャムのミナレットは謎のままなのである。

ミナレットは急を要する深刻な事態にあります。長い間、この無防備な土地は違法に発掘し剥奪する場所として狙われて続けている。専門家らによると沢山のゴール朝時代の遺物品が紛失しており、ミナレットの技巧を凝らした煉瓦や石が壁から盗まれ、どこかで再利用されているのである。現在、ミナレットの側を流れる川の北岸のあたり沿で、違法発掘の被害が多発している。

ミナレットそのものが倒壊する危機にも直面している。ミナレットはハリルド川とジャムルード川の合流地点に建てられているため、浸水により地盤が弱くなる恐れがある。復旧工事が1974年にユネスコによって行われ、1999年に再度手が加わり、2001年に完了した。また、わずかな傾きを安定させるための作業が始まっているが、結局根本的な問題は残っている。さらに、他の問題として、考古学的な重要な場所に道路を通すという計画が持ち上がっている。

これらの状態を懸念して、ユネスコの世界遺産委員会は、すでに“世界遺産のリスト”にあるこの地域を、“危機にさらされている世界遺産リスト”に加え、世界中にジャムのミナレットが瀕死の状態であることを広く伝えたいと力を注いでいる。