先史時代から17世紀まで

先史時代

旧石器時代:
アフガニスタンの初期の人類は、川沿いの段丘の洞窟や岩陰に定住した。10万年以上の昔にさかのぼる前期旧石器時代の珪岩石器がアフガニスタン中央部のガズニの西にあるDasht-e-Naworで発見された。その他の遺跡には、Darra-e Dadil (サマンガン州のDarra-e Sufの近く)、Hazara Sum (サマンガン州のAibakの近く)、及びQara Kamar (マザリシャリフの東、Khulmの近く)にある北部ヒンドゥークシュ山脈沿いの洞窟が含まれる。これら初期の群居地の証拠がバダフシャン州Kishmから離れたDarra-e-Durで発見されている。ここの石器は約5万年前にさかのぼり、Aq Kuprok(バルフの南)の火打石で作られた石器はおよそ1万5千年から2万年前にさかのぼる。

新石器時代:
人口が増えるに従い、これらの定住者たちはもっと温暖な平野部に移り、小さな村落を作って動物を家畜にし始めた。発掘された骨や石で造られた道具、手製の陶器、人の埋葬跡などが、野生の羊や山羊やその他の動物を家畜としていたことを示している。

青銅器時代:
青銅器時代になると、インダス渓谷、中央アジア、イラン及びメソポタミアと交易関係をもった村落や都市が現れた。この時代に属する遺跡は南部、北部、東部及び北東部全体に散在する。

歴史参考文献:
初期のアフガニスタンに関する歴史書が2件ある。①Reg Veda-紀元前1000年から1500年の間に編纂されたと推測されるヒンズー教の経典;②Avesta―紀元前600年ごろにアフガニスタン北部でゾロアスター(ツァラツストラ)によって創められた宗教ゾロアスター教の宗教本。

紀元前600年から紀元1600年

紀元前600年

  • ツァラツストラ(ゾロアスター)がバルフにおいて新しい一神教ゾロアスター教を創めた。創始者は紀元前522年にバルフの近くで中央アジアから侵入した遊牧民族によって殺害されたと伝えられる。

紀元前522年―330年

  • アケメネス朝の征服がアフガニスタン西部と北部に侵攻する。Vishtaspa王とHutaosa女王の子で「the Great」としても知られるDariusが巨大な帝国を拡大し統治する。女王は紀元前556年にゾロアスター教に改宗した。

紀元前336年―323年

  • アケメネス朝の支配者Darius IIIはアレキサンダー大王に敗れ、大王がアフガニスタン各地を支配する。彼の征服の順序は以下のとおり:ヘラート、Seistan、ヘルマンド、カンダハル、カブール、チャリカール、バルフ、サマルカンド、そしてインド(紀元前325年にカイバル峠経由)。

紀元前327年

  • Oxus河(アムダリヤ河)の河岸に広がる大規模なギリシア都市アイハヌムが築かれる。

紀元前323年

  • アレキサンダー大王が紀元前323年に亡くなった後、帝国は彼の多くの将軍たちによって統治される。彼の副官だったAntigonos Monopthalmosがアフガニスタン北部を統治する。ギリシア時代としても知られるグレコ―バクトリア時代が250年間続く。

紀元前305年

  • メソポタミアのセレウコス朝がバクトリアの支配権を得る。現在インドから来たマウリヤ朝がガンダーラの支配権を得て、ヒンドゥークシュ山脈の南にカブールからカンダハル、そしてラグマンへと勢力を拡大する。

紀元前250年

  • バクトリアの地元の支配者がセレウコス朝から独立し、南に移動。

紀元前238年

  • Diodotusがバクトリアの独立を宣言し、ギリシア文化が栄える。

紀元前180年

  • Diodotusの甥、Demetriusがガンダーラを再度征服。

紀元前135年

  • 中央アジアの遊牧民がアフガニスタン北部を侵略。

紀元前100年

  • アイハヌムの衰退が始まる。

紀元前50年

  • 最後のバクトリア王がクシャンと結んだ遊牧民に降伏する。

紀元50年―130年

  • クシャン朝がアフガニスタンのほとんどを掌握してグレコ―バクトリア時代 を終わらせる。クシャン朝はKanishkaの指導のもとGanges渓谷からゴビ砂漠まで勢力を拡大する。バルフを経由してローマから中国に続く交易路シルクロードが生まれる。インドで仏教が再び盛んになり、アフガニスタンを経由して中央アジアに広がる。この時代は仏陀を人間の形にあらわす仏教彫刻の黄金時代でもある。

226年

  • ササン朝が現在のアフガニスタンへの拡大を開始し、クシャン朝の衰退が明らかになる

360年

  • 白いフンとしても知られるエフタル朝が中央アジアから起こり、北部ヒンドゥークシュ山脈地帯のタハールにて確立する。この新しい王朝は現在のアフガニスタンの大部分を425年までに支配する。

565年

  • ササン朝はエフタル朝を倒すために西トルコと結びつく。それからは、エフタル朝の支配者は新しい支配者の総督として、アフガニスタンの仏教地域とヒンズー教地域の統治にあたる。

630年

  • 中国人学僧Xuan Zan ( Hsuan-tsang )がアフガニスタンを訪れ、バーミヤンで見たものに圧倒される。

642年

  • アラブ起原のイスラム軍が、第二代カリフOmar bin al-Khattabの治世(634-644)にササン朝帝国を征服する。

667年

  • アフガニスタン西部がイスラム教を受け入れる。多くの地域は独立した君主によって統治される。

726年

  • 新羅の僧Hui Chaoがバーミヤンを訪れ、そこがまだ仏教徒の都市であると記 述する。アッバース家のカリフal-Mansurの治世(754-775)に、イスラム教への改宗が起こる。

821年

  • 最初の準独立イスラム王朝がアフガニスタン西部に確立する。

870年

  • Nimrozを首都とするサッファール朝が、現在のアフガニスタンのほとんどを含む地域の支配権を確立し、カブールのHindu Shahiを駆逐する。

900年

  • ブハラを首都とするサマーン帝国が、サッファール朝の軍勢をバルフで破り、勝利者となって、アフガニスタンを支配する。この時期、バクダッドがイスラムの知的な首都として栄える一方、バルフのサマーン帝国とサマルカンドではペルシアの学者が奮励し芸術と学問でバクダッドに匹敵するようになる。

961年

  • ブハラのサマーン朝支配者から分離独立して、ガズニ州にガズニ朝が起こる。

998年―1030年

  • ガズニ帝国はスルタン・マフムード(998-1030)の指導のもと繁栄する。彼は1001年にAbu Nasr Samaniを破り、数度にわたってインドに軍事遠征をおこない成功する。やがて彼の帝国はカスピ海からインドのBanaresにまで広がる。スルタン・マフムードの宮廷には約900名の学者が使えていたと言われる。その中にはal-Biruni、Firdausi、そしてal-Utbiも含まれる。

1040年

  • 中央アジアから来たセルジュク族によりガズニ朝の勢力範囲はガズニだけに なる。

1148年―1205年

  • Allaudin Ghori(Jahansoozとしても知られる)がゴール朝を創建する。AllaudinはBahram Shah Ghaznawiを破り、やがて1151年にガズニ朝を滅ぼす。

1157年

  • Ghiyasuddin Ghoriが支配を確立し、ジャムのミナレットや、ヘラートのGreat Mosqueなどの記念建造物を建造する。これらはゴール朝の高度な芸術的素養をあらわしている。彼は1202年に死去する。

1214年

  • Khwarazm Shahが権力を統合し、ゴール朝が滅亡する。

1220年

  • ジンギス・カーンがKawarazm Shahに宣戦を布告し、20万人の強大な軍勢でアフガニスタンを征服する。住民のほとんどを殺戮し、Shahr-e-ZohakやShahr-e-Gholgholaなどの都市や沈泥でふさがった運河などを破壊する。後に偉大なイスラム神学者そしてSufi MasterとなるMawlana Jalaluddin Balkhi(Rumiとして知られる)が、1215年から1220年ごろこの侵略 のせいでアフガニスタンを離れる。

1275年

  • マルコ・ポーロがアフガニスタンを通って旅する。

1332年

  • Kart Maliksとして知られるヘラートの新しい支配者が、モンゴルから独立する。

1369年

  • ティムール帝国のTamerlaneがサマルカンドから支配する。

1405年

  • Tamerlaneの息子、Shah Rukhが広大な帝国を確立する。版図は今日のイラクから中国西部にまで広がり、ヘラートを首都とする。彼は1447年に死去する。

1468年

  • ヘラートはSultan Hussain Ba-yaqraのもとで文化的絶頂に達する。彼は1506年に死去する。

1507年

  • ウズベク人の族長連合がヘラートを攻略し、ティムール帝国が滅亡する。

1504年―

17世紀

  • ムガール朝の創始者で、母系を通じてジンギス・カーンの子孫であり、父系を通じてTamerlaneの子孫である、バーブルがカブールを攻略する。アフガニスタンはサファーヴィー朝(1501-1732)とムガール朝(1526-1739)が相争う場となり、西部と南部(ヘラートとカンダハル)は前者が、そして東部(カブール)は後者が支配する。