カンダハ Kandahar 

 アレキサンダー大王の時代からタリバーンの時代まで , 何世紀もの間、カンダハールは歴史的、戦略的に重要な都市であった。その名称はアレキサンダーの東方の名であるセカンダル “Sikander’ あるいはエスカンダル “Iskander.” に由来する。残念ながら今日、かつての偉大な都市は長年の戦火により荒廃している。地雷と灌漑施設への砲撃による損害は地元の農業生産力に多大の悪影響を与えている。

 カンダハールは人口50万人弱のアフガニスタン第二の都市である。国の南部に位置し、南部幹線道路のカブールとヘラートのほぼ真中にある。

 旧市街は約2km X 1.5km の長方形で、市の中心チャル スク Char Suq で交差する4本の大きな通りによって四つの区域に分けられている。以前は、旧市街は高さ30フィートの城壁で囲まれていたが、その城壁は東と南の小さな部分を除いて、市が城壁を越えて拡大するのにともない、1940年代までにほとんど取り壊されてしまった。 シャハル・ナウ Shar-i-Nau すなわち、カンダハールの新市街は旧市街の西側にあって大通りの両側に約2.5kmずつの広がりをもっている。

カンダハールの周囲の地方は平坦でほぼ砂漠に近い土地である。何年も前にヘルマンド・アルガンダーブ・バレ オーソリティ Helmand-Arghandab Valley Authority の指導による開墾プロジェクトによって、この土地の多くが農地となった。アルガンダーブ川と タルナク川がカンダハールの北と南をそれぞれ流れている。

カンダハールは18世紀に近代アフガニスタン初代国王アハマド シャー ドゥラーニ Ahmad Shah Durrani により創られた新しい都市である。創建した国王の名をとってアフマドシヒ Ahmadshahy とも呼ばれている。創建から1773年まで、アフガニスタンの首都でもあった。現在ではカンダハール県の行政の中心地となっている。

 カンダハール地方は古代歴史の宝庫である。カンダハールから40マイルの地には、その最古のものは約紀元前5000年と推定される13の文明を表す マンディガク Mundigak の塚がある。アレキサンダー大王はアレキサンドリア オブ アラクゼヤー Alexandria of Arachosia をこの地に創建したがその正確な位置は未だに謎である。ただソール シャー Zol Shar すなわちカンダハールの南西にある古代都市がその候補のひとつとして考えられている。

 16世紀、17世紀には、この地を争ってペルシアのサファヴィー Saffavid 帝国とインドのムガール Moghul 帝国の間で繰り返し戦争が行われた。皮肉なことに、独立意識の強いカンダハールのアフガニスタン人が、最初はミル ワイス ホッタク Mir Wais Hotak の、後にはアハマド シャー ドゥラニ Ahmad Shah Durrani の指揮のもとにこの両帝国の衰退をもたらし、その領土の多くの部分を18世紀に若きアフガニスタン王国に組み入れることになった。

 カンダハールはかつてアフガニスタンにおける最大の果物生産地のひとつであった。近代的な缶詰工場があって、外貨を獲得する果物輸出の多くがこの地域から積み出された。南部幹線道路の Kabul と Herat の真中にあるため、旅行者の宿泊地としても人気があった。

カンダハールの見どころ

シャヒダーヌ チャウク  SHAHIDANU CHAWK
 戦没兵士の記念碑のあるシャヒダーヌチャウク The Shahidanu Chawk, すなわち「殉教者の広場」は旧市街と新市街の間にある現在の市の中心部にある。記念碑は1946年から1949年にかけて建てられた。

アハマド シャー ドゥラニの霊廟  MAUSOLEUM OF AHMAD SHAH DURRANI
 この聖堂は旧市街の北の端にあり、現在の カンダハール市の建設者であり、近代アフガニスタンの初代国王である , Ahmad Shah Baba, 「アフガニスタンの父」の遺骸が安置されている。建物は八角形で、上部は明るい青色のタイルで覆われたドームになっている。内部は墓所で、大理石の床には明るい色のアフガニスタン絨毯が数多く敷かれている。

ヘルケ シャリーフ ジャーラト KHERQA SHERIF ZARIAT
 アハマド シャー ドゥラニの霊廟の隣には、預言者ムハンマドの外套を納めたアフガニスタンで最も神聖な寺院がある。この遺品は、ボカラのアミール(王) Amir of Bokhara から1768年に条約の一部として入手された。この外套は国家の危機の際にのみ持ち出されることになっているため、それを見ることはでき
ない。しかし、1994年にムッラー オマル Mullah Omar がアミール・アル・モメニーン ”Amir -Al-Momineen” すなはち「すべての敬虔なる指導者」の地位を要求するために、寺院から外套を持ち出して何千人もの聖職者とカンダハールの住民の前に掲げた。このできごとがあるまで、1930年代から外套が人の目にふれたことはなかった。

アルグ シタデル(王宮、城砦) THE ARG CITADEL
 “The Arg citadel” は19世紀に建設され、一時はカンダハールの知事の公邸であり守備隊の宿営地でもあった。今日ではわずかな部分しか残っていないが、ベランダからは素晴らしい市の眺望が楽しめる。

ジャメ ムーイイ モバラク JAME MUI MOBARAK
 カンダハールに預言者の外套が持って来られたのと同じ時に、第二の遺品、預言者の毛髪を含んだ黄金の鞘が入手された。この聖なる品は市の中心部チャール スーク Char Suq の近くの寺院に保管されている。寺院の広々とした日陰になった中庭には、かつて旅人用の宿泊所があった。

旧市街に残る城壁  OLD CITY WALLS
 カンダハールはアフガニスタンのほとんどの都市と同様、20世紀まで防衛用の城壁に囲まれていた。カンダハールの城壁は、市がそれを越えて拡大していく年月の間に破壊されてしまった。市の東部と南部には城壁の小さな部分がまだ残っている。

バザール  BAZAARS
 カンダハールのバザールは市の中心部チャール スーク Char Suq で交差する4本の通り沿いに集中している。チャール スーク Char Suq によってバザールは四つの主なバザール、カーブルバザール“ the Kabul Bazaar ”、ヘラートバザール “ the Herat Bazaar ”、シャーバザール “ the Shah Bazaar ”、 そしてシカールプルバザール“ the Shiakarpur Bazaar ”に分けられている。 これらのバザールで有名なカンダハール刺繍のシャツや、陶器、ロバの鞄、トルクメン絨毯 , 祈祷用のビーズ、その他多くのエキゾチックな品々が売られている。チャール スーク Char Suq  の近くのサル ポシャ Sar Posha バザールは多くの人が面白いという、屋根つきの小さなバザールである。

デ ハターイ  DEH KHATAY
 市から南に少し行った所がデ ハタイ Deh Khatay 地区である。ここにはバザールで売られるレンガや陶器が焼かれている炉がある。ブドウを運ぶ麦わらの籠もここで作られている。収穫期の午後は、その日採り入れたブドウを輸出用に加工するため市内へと運ぶラクダとロバで賑わう。

ハズラットジ バーバーの聖堂  SHRINE OF HAZRA TJI BABA
 カンダハールの北には、カンダハール出身の有名な聖人 , ハズラットジバーバー Hazratji Baba の聖堂がある。墓の長さは23フィートもあり、この人物の偉大さを表している。頭上には多くの多彩色のペナントが飾られている。墓の近くには、貯水池がありその壁にはいくつかの興味深い絵が飾られている。

チヘル ジナ  CHIHIL ZINA
 カンダハールの東には、岩をくりぬいた部屋へと続く42段の階段からなる興味深い記念建造物がある。部屋の内部には、ムガール Moghul 帝国の創始者バブール Babur の命令でここが建造されたことと、皇帝とその息子フマユーン Humayun の征服のリストを記した碑文がある。

 アフガニスタンの歴史上最も重要な戦いの一つがこの階段の下で行われた。その時アミールアブドゥル ラフマーン Amir Abdur Rahman が、従兄弟のアユブ カーン Ayub Khan に忠誠な部隊を破って、アフガニスタンが国家として成立する道筋を作った。

ゾール シャー (旧市街) ZOL SHAR
 チヘル ジナ Chihil Zina の近くにはゾール シャー Zol Shar すなわち1738年にナディル シャー アフシャール Nadir Shah Afshar によって破壊された古代のカンダハール市がある。発掘作業によって、仏教、ギリシア文明、イスラム文明の考古学的な宝が見つかっている。発見された最も興味深い物のなかには、紀元前3世紀の、石に刻まれた二つのアショカ Ashoka の勅令が含まれる。

ミール ワイス ホタックの霊廟  MAUSOLEUM OF MIR WAIS HOTAK
 ミール ワイス ホタック Mir Wais Hotak は、1709年のカンダハール独立の運動を始めた18世紀のカンダハールの指導者である。彼のやったことが1747年のアフガニスタン王国創立の前触れとなった。彼の霊廟は、アハマド シャー ドゥラニ Ahmad Shah Durrani のものとよく似ている。

バーバ ワリ  BABA WALI
 15世紀の聖人 Baba Wali の聖堂は、金曜日のピクニックに人気の場所となっている。聖堂の近くには、ザクロの木が日陰を作る、谷を望むテラスがある。

シェル スルフ  SHER SURKH
 シェール スルク Sher Surkh はアハマド シャー ドゥラーニ Ahmad Shah Durrani の戴冠式が行われた町である。豊かなブドウの産地にあって興味深い町である。しかし、町は道路からは目立たない所にあるので、ガイドが必要である。