アフガニスタン国勢情報

アフガニスタンは、南アジアと中央アジア、西アジアと東アジアを結ぶ国である。約 251,825 平方マイル (647,500 平方キロメートル ) の面積を持つ内陸国であり、最も近いアラビア海でも南に 300 マイル離れている。東側と南側を接するパキスタンとの国境は 1,125 マイル(1,810km) で最も長く、西側の510 マイル(821km) の国境はイランとの間を隔てている。パキスタンの主張するジャンムー、カシミール地域との国境は 200 マイルあり、トルクメニスタン・ウズベキスタン・タジキスタンとの北方の国境は合わせて1,050 マイルである。最北東の細長いワハン回廊の端には中華人民共和国の新疆ウイグル自治区との国境があり、50 マイルと最も短い。

首都は、国の東中央部、標高約 5,900 フィート(1,800m) にある大都市カーブルである。この都市は、国内のほとんどの県や近隣諸国へと道路が延びている。国境は19 世紀の終わりにイギリス帝国と帝政ロシアの対立の中で確定した。近代のアフガニスタンは、政治的イデオロギーと商業権益を巡る争いの場となり、20 世紀後半には長期に渡る外国の干渉や占領の試みの破壊的影響を被った。

ソ連侵攻(1979 年12 月27 日) はその後10 年にも及んだが、1989 年2 月15 日にソビエト軍は撤退した。ソ連軍の敗北や続く旧ソ連の消滅を経て、不幸にも世界は冷戦終結時にアフガニスタンから遠ざかってしまった。地域覇権競争の中に押し込まれたことで、その後はタリバンが権力を握るまでに成長していった(1994 ~2001 年) 。2001 年9 月9 日、伝説的司令官アハマド・シャー・マスードは、新聞記者に扮したアルカイダのテロリストに暗殺された。9 月11 日、世界貿易センターやペンタゴンはオサマ・ビン・ラディンらの標的となった。テロに対する戦いは2001 年11 月11 日、反タリバン勢力の協力を受けた連合軍が首都カーブルを奪取し、タリバン政権の終焉をもたらすこととなった。